嫌いな人と仕事をする秘訣は?|嫌いな人が親友になった「刎頸の交」(前)
こんにちは、暮らしを良くする研究家のこんぎつねです。
あなたは職場に嫌いな人はいないでしょうか。
「あの人のああいう物の言い方が気に食わない」
「自分勝手でわがままなところがホント許せない」
「あーあ、あいつ早く辞めてくれないかなー、左遷でもいいけど」
こんな相手が全くいないのならば幸せですが、価値観も考え方も違う人たちが集まっているのが会社ですから、嫌いな人がいないという方はあまり多くないのではないでしょうか。
しかし職場に嫌いな人がいるからと言って仕事に支障が出てはいけません。
嫌いな人と仕事をするために何かいい方法はないものでしょうか。
こんなときに思い出される故事成語が「刎頸の交(ふんけいのまじわり)」です。(「刎頸の交わり」「刎頸の友」とも言われます)
「刎頸の交」の意味は「お互いに頸(くび)を刎(は)ねられても後悔しないくらいの親しい仲」ということです。
「『親しい仲』と嫌いな人と仕事をする方法とどう関係あるんだ?」と思われる方もあるでしょう。
これには「刎頸の交(ふんけいのまじわり)」の語源となった話の中では、元々恨み憎んでいた2人が親友となっています。そこにはどんな秘訣があったのでしょうか。
完璧に完璧
中国の春秋戦国時代末期のこと。
7つの国が覇権を争っていましたが(戦国七雄)、やがて秦(しん)が頭一つ抜けて他国を脅かすようになります。趙(ちょう)も秦におびえる国の1つでした。
あるとき秦王から趙王に、趙の国宝「和氏の璧(かしのへき)」と秦の15城とを交換したいという申し出がありました。
「和氏の璧」は卞和(べんか)という人が見つけた翡翠(ひすい)の原石をドーナツ状に切り出して磨いたもので、天下に知られた名宝でした。(参考:璧)
いくら「和氏の璧」が名宝とは言え、15城は小国にも匹敵する土地です。
本当に宝石1個で15城が手に入るなら望むところですが、持っていったところでただ奪われるだけの可能性も大いにあります。
しかし断れば「こんな好条件を呑まなかったなんて秦に敵意があるに違いない」と攻撃の口実を与えてしまいます。
趙王は家臣たちと議論をしましたが、なかなか結論は出ませんでした。
そこへ家臣の1人が「今ウチに藺相如(りんそうじょ)という頭のキレる者が居候しています。彼に聞いたら、いい案を出すかもしれません」と申し出ました。
早速趙王は藺相如を呼び、どうしたらいいか尋ねました。
藺相如「秦は強くて趙は弱い国ですから言う通りにするしかありません。言う通りにしておいて、何かあったら秦が悪いようにすればいいでしょう」
趙王「そんなこと言っても、もし璧だけ持っていかれて城をもらえなかったらどうするんだ。それに『秦が悪いように』と言っても、そんな上手く立ち回れる者はウチにはいないぞ」
藺相如「でしたら私が行ってきますよ。城がもらえなければ璧を完(まっと)うして帰ります(璧を必ず持ち帰ります)」
趙王「そんなに自信があるなら頼む」
こうして藺相如(りんそうじょ)は「和氏の璧(かしのへき)」を持って秦に行き、秦王に璧を渡しました。
藺相如「これが『和氏の璧』でございます。では代わりの15城を…」
秦王「おお、これが『和氏の璧』か!ホントすごいな。みんな見ろ見ろ、これがあの名宝『和氏の璧』だぞ!」
藺相如「秦王様、璧をお渡ししたのですから15城を…」
秦王「こんな宝見たことないぞ!おまえらも見てみろ!」
藺相如「……(やはり城を渡す気はないか)秦王様、綺麗に見える璧ですが、実は小さい傷があるのです。良ければどこにあるかお教えしましょう」
秦王「なにっ!どこだ?」
藺相如「はい、ここに…(と近づき璧を奪って柱まで走る)
聞かれよ!
庶民ですら嘘をつくのを恥じるのだから、ましてや秦王様が嘘をつかれるはずがないと璧を渡された趙王様の信義に対して何と非礼な扱い!
こうなればこの璧を柱に投げつけて叩き割って、私も頭を柱に打ちつけて死んでくれるわ!!」(この時の藺相如の様子が「怒髪天を衝く」の語源となっています)
秦王「うわっ、わかったわかった!15城やるから止めてくれ!おい、誰か地図を持て!」
部下「ははっ」
秦王「えーっと、ここから先の……この城までやるから」
藺相如「(どうせ城を渡す気はないのだろう)秦王様、この宝物を私に渡すときに儀式として趙王様は5日間身を清めました。秦王様も儀式として5日間身を清めてください。5日後にまたお持ちしましょう」
こうして時間を稼いだ藺相如は従者に璧を渡して密かに趙へ帰らせました。
そして5日後、
秦王「ほら、身を清めてきたぞ。璧を渡せ」
藺相如「秦王様に城を渡す気がなさそうだったので趙に持って帰らせました。
15城を先に渡せば趙が璧を惜しむことはありません。
しかし秦王様を欺いた私には釜茹での刑を賜りとうございます」
秦王は驚き怒りましたが、「今ここでおまえを処刑しても趙との関係が悪くなるだけだな」と言って無傷で返しました。
こうして藺相如は趙のメンツを保ち、秦に攻撃の口実を与えず、璧を完(まっと)うしたのです。
ここから「完璧」という言葉が生まれましたが、藺相如の対応はまさに「完璧」ではないでしょうか。
黽池(べんち)の会
その後また秦王から困った話が舞い込んできました。
「黽池(べんち)で両国の友好を祝おうではないか」と言ってきたのです。
「ねえねえ趙王ちゃん」「なあに、秦王さま」と恋人のようにベンチで語ろうということではなく、黽池とは秦の一地域で、趙との国境から離れた場所です。
そんな所で何かあっても助けに来れませんし、名目は宴会なので護衛の軍隊を連れて行くわけにもいきません。
何か粗相(そそう)があればそれを口実に捕えられたり、即処刑されるかもしれません。
趙王はものすごく行きたくなかったのですが、「行かなければ趙は見下されて秦はますます調子に乗り、他国にも侮られます」と家臣に言われたため、藺相如を伴ってしぶしぶ出かけました。
その宴会の最中、
秦王「いやあ楽しい。そういえば趙王殿は音楽がお好きでしたなあ。両国の友好を祝して、何か一曲、瑟(しつ:琴のような弦楽器)を弾いてもらえませんかな」
趙王「え…、いやいやそんな秦王殿に聴かせるような腕では…」
秦王「そんなこと言わずに、さあさあ」
趙王は3度断りましたが秦王はしつこく勧めてきます。
趙王「そ…そこまで言われるなら…」ポロポロロン
秦王「いやあ、お見事ですなあ。おい記録官!国史に『何年何月何日に、秦王、趙王に瑟(しつ)を弾かせた』と書け!」
記録官「はっ」サラサラ
「あっ」と気付いたときには時すでに遅し。これでは秦王にとって趙王は対等の関係ではなく、主人と楽器を演奏する使用人程度ということになってしまいます。
ここで藺相如は秦王の元に歩み寄り、素焼きの鉢を差し出して、
藺相如「秦王様は音楽がお好きだと聞いております。秦では宴席で素焼きの鉢を叩いて歌うそうですが、両国の友好を祝して鉢を叩いていただけませんか」
秦王「何だおまえ、無礼だぞ!」
藺相如「私と秦王様の距離は5歩。私の首を刎ねて、その血を秦王様に注ぎましょうか?(断ればあなたを斬って自分も死ぬ)」
秦王「……チッ」ポン
藺相如「記録官さーん!さっきの隣に『何年何月何日に、秦王、趙王のために素焼きの鉢を叩いた』と書いてくださーい」
記録官「えっ、あ、はい」サラサラ
藺相如「いやー、ありがとうございます。秦王様のおかげで一段と宴会が盛り上がりました」
このように藺相如は終始気を利かせて秦王の嫌がらせにやり返したので、秦は趙を格下扱いできず、趙王は無事に趙に帰ることができました。
藺相如は秦に趙を対等に扱わせ、趙のメンツを守り、趙王の身も守ったのです。
喜んだ趙王は、一度ならず二度も趙を救った藺相如を上卿(大臣級)の地位に就かせました。
しかしこの人事に激しく憤った人がいました。趙の将軍・廉頗(れんぱ)です。
この廉頗が「刎頸の交(ふんけいのまじわり)」のもう1人の主役です。
嫌いな人と仕事をする秘訣は?|嫌いな人が親友となった「刎頸の交」(後)に続きます。
こんぎつね
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