ベテランの陥る罠|ベテラン中堅でも若手新人の意見を聞くべき理由(前)
こんにちは、暮らしを良くする研究家のこんぎつねです。
あなたは今の会社に勤めてどれぐらい経つでしょうか。
「もう30年、40年働いている。もうすぐ定年だ」というベテランの方もあるでしょうし、「まだ3年め。最近ようやく仕事を任されるようになった」という若手の方もあると思います。
長年1つの企業に勤めてきたベテラン・中堅、またその中でも課長や部長などの役職に付いている方は優秀な方なのでしょう。
しかし、優秀であるがゆえの落とし穴があります。
優秀であることは頼れる存在でもあり、危険な存在でもあるのです。
「機長症候群」という言葉があります。
「機長症候群」とは社会心理学の言葉で、ベテランの地位や専門性が非常に高いがために、その自分や周囲に与える影響をベテラン自身が見誤る行動パターンを言います。
いくらベテランと言っても、間違えるときは間違えるものです。
今日でも航空機事故の原因の40%を占めるのが人的ミスであり、医師は致死的な病気の20%で誤診をしているという研究もあります。(しまった! 「失敗の心理」を科学する)
別の研究では「絶対確実と医師が自信を持っていた生前診断の約40%は誤診だった」(ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?)とも言われています。
人間である限り間違えます。
しかし「機長症候群」によってベテランのミスが気付かれずに通ってしまうことがあります。
ベテランであるがゆえに起きた失敗例と、その対策を紹介します。
ベテラン機長の判断ミスで墜落したフロリダ航空90便
優秀であることの危険性は2つあります。
- 自分で自分の判断が正しいと思う
- 周囲の人がベテランの意見は正しいと思う
この2つが組み合わさることでベテランのミスが修正されずに、重大な事故につながることがあります。
1982年1月13日にフロリダ航空90便がポトマック川に墜落した事故は、悪い原因が複数重なったとはいえ最終的には「機長症候群」によって起きたものでした。
以下は離陸から墜落までの機長と副操縦士のやり取りです。
当日は大雪が降る寒い日で、除雪作業のため出発時間が遅れていました。
副操縦士「待機時間が長引いてけっこう時間が経ちましたから、もう一度翼の凍結具合を調べてみましょう」
機長「いや、もうすぐ離陸だ。よし、君が飛ばせ。本当に寒いな」
副操縦士「(計器を指しながら)見てください。おかしくありませんか。これは正しくない」
機長「大丈夫だ。80ノット出てる」
副操縦士「おかしいと思います。でも、正しいのかもしれない」
機長「120ノット」
副操縦士「私には分かりません」
機長「前だ、前、落ち着け。500フィートだけでいいんだ。前だ、上がれ。少し上がった。(11秒後)失速だ、落ちてる!」
副操縦士「ラリー(機長の名前)、墜落する、ラリー……」
機長「分かってる!」
[衝撃音]
事故の詳しい様子や原因は以下のWikipediaに載っています。
エア・フロリダ90便墜落事故
副操縦士は離陸滑走を開始した直後から何度も「これはおかしい。いつもと違う」とつぶやいており、機長にも話しかけていますが、機長は「寒いな」「大丈夫だ」と言うばかりで適切な処置をせず、飛行に必要なスピードが出ずに失速して墜落してしまいました。
乗員乗客79人のうち74人が死亡した大惨事でした。
このとき飛行機を運転していた機長は計器も読めない新人だったのでしょうか。いえ、そんなはずがありません。
機長になるためには数年間の資格勉強をして副操縦士になった後にさらに実務経験を10年以上積み、機長昇格試験に合格しなければなりません。
副操縦士に比べて機長は間違いなく、専門知識と技術を兼ね備えたベテランです。
機長と副操縦士の力関係は明確で、副操縦士の判断が機長の判断より正しいということは普通はありません。これが危険を生んだのです。
これほど大きなものではないにしろ、若手や新人の「ここはこれでいいのでしょうか。違う気がするのですが」という意見をベテラン・中堅が「いや、これで正しいんだ。この通りにやるんだ」と押し切ってミスに気付かずに進んでしまう例は、あなたの周りにもあるのではないでしょうか。
医者の権威と医療ミス
「機長症候群」は航空業界のみのことではありません。
病院は医者や看護師、薬剤師、保健師など多くの専門家が集まって患者の治療をしています。
患者の治療のために多くのスタッフがチームで意見を出し合って協力し合っていると私たちは思っています。
しかし実際はそうとも限らないようです。
心理学者のチャールズ・ホフリングの行った実験では医者の指示により看護師が責任を放棄してしまうことをあきらかにしています。(参考:AN EXPERIMENTAL STUDY IN NURSE-PHYSICIAN RELATIONSHIPS)
チャールズはさまざまな入院病棟の22のナースステーションに電話をして「私はその病院の医者だ」と告げた後に特定の患者にアストロゲン薬剤を20グラム投与するように看護師に指示しました。
この病院ではアストロゲン薬剤の使用は未許可で、しかも20ミリグラムという処方は通常の1日の使用量の2倍に相当するものでした。
しかし95%の看護師はすぐに薬剤を患者に投与しようとしたのです。
ベテランの看護師でも、医者から指示されたことに疑問を持って反論する人はほとんどありませんでした。
医者は他のスタッフよりも高度な専門知識を持っており、医療関係資格者のほとんどが医師の指示、監視がないと医療行為を行うことができないため、たとえ自分の意見と違っていても「○○先生がそう言うんだからそれが正しいのだろう」と思ってしまうのです。
航空業界、医療業界に限らず、どこのオフィスでも、どこの工場でも、どこのお店でも立場のあるベテラン・中堅の指示を若手や新人は疑問を抱かずに聞いてしまいがちです。
ほとんどの場合、経験豊富なベテラン・中堅の考えが正しいことに間違いはないでしょう。
しかしたまに経験が足らない若手や新人のほうが正しいことがあります。
そしてそこから重大なミスにつながるのです。
ミスをしてから「やっぱりおかしいと思ったんだ」と言っても手遅れです。
ではどうすれば「機長症候群」にならずに、若手や新人の意見を素直に聞くことができるのでしょうか。
後半の記事で紹介します。
→ベテランの陥る罠|ベテラン中堅でも若手新人の意見を聞くべき理由(後)
こんぎつね
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