習得に必要なのは質より量!|正しい習得方法のカギは小脳記憶
こんにちは、暮らしを良くする研究家のこんぎつねです。
あなたは何かを新しく始めようと思ってもなかなか習得できずに嫌になることはないでしょうか。
「もう何ヶ月もやっているのにちっとも上手くならない」
「上手くならないから楽しくない。つまらない。嫌になってきた」
「いつまでも習得できないから途中で止めてしまったことが過去に何度もある」
こんな経験があるのならば、ぜひ小脳を使った正しい習得法を知っておいてほしいと思います。
芸術・教育の専門家であるデビッド・ベイルズが行ったこんな実験があります。
ある学校の陶器を作る授業で、生徒を「量」評価と「質」評価の2つのグループに分け、つぼを製作させました。
実験前に、「量」評価グループは製作したすべてのつぼの重さで評価し、「質」評価グループは製作したつぼの質で評価するということを伝えました。
その結果、「量」評価グループのほうが最終的にクオリティーの高いつぼを製作していました。
「量」評価グループは決められた授業時間でたくさんつぼを作らないといけないので、出来映えを気にせず、とにかくたくさん作りました。
「質」評価グループは決められた授業時間で美しいつぼを作らないといけないので、できる限り美しいつぼを1つだけ作りました。
(参考:Why Quantity Should be Your Priority)
私たちが新しく何かを習得しようと始めるときには、より完成度の高いものを目指して1つのことに執着しがちです。
絵を描くときには1枚の絵に時間をかけて、いい絵を完成させようとします。
楽器の練習をするときには1曲に時間をかけて、上手な演奏をしようとします。
しかし習得に大事なことは「質」ではなくて「量」なのです。
1万時間の法則
1万時間の法則という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
マルコム・グラッドウェル氏が提唱した法則で
「何らかの分野で一流の技術を修得するには1万時間の修練が必要」
というものです。
この1万時間の法則を提唱するためにマルコム氏が調べた文献に、バイオリニストの研究があります。
音楽学校の学生たちを対象に、将来優秀なバイオリニストになるだろうと言われる学生たちの過去の累計練習時間は平均して1万時間以上でしたが、これに対してふつうの演奏家レベルになるだろうと評価されるバイオリニストのグループは平均5000時間の練習しかこなしてきていませんでした。
また、別の研究ではピアニストにこれまでの練習時間を聞いたところ、優秀なピアニストは平均1万時間以上の練習をこなしているのに対し、アマチュアピアニストの平均練習時間はわずか2000時間程度でした。
これらのことから世界で一流のレベルになるためには1万時間の修練が必要だという結論にたどり着いたのです。
正しい「量」のこなし方
ですが、闇雲に練習していれば上達していくのではありません。
冒頭で紹介したつぼを作る練習で、なぜ「質」評価よりも「量」評価のほうが完成度の高いつぼを作れるようになったのかについて、この実験を行ったデビッドはこう言っています。
「『量』のグループは多くのつぼを作成している間に失敗から学習し、よりよいつぼを作れるようになりました。一方『質』グループは、いい壺を製作する方法を考える事に時間を費やしましたが、実際の作品には反映させられなかったからでしょう」
先ほど参考としてあげたこちらの記事の執筆者ハーバート・ルイは習得について以下の方法を勧めています。
まず目標を決めます。
その際に誰かに披露する目標を設定したほうがいいでしょう。
楽器なら「1ヶ月後に○○の場で演奏する」
絵画なら「来月のコンクールに出展する」
コンピュータープログラムなら「3ヶ月後に○○さんに試してもらう」などです。
目標を決めたら練習します。膨大な量の練習です。
そのときに大事なことは自分ができうる限り最も完璧な作品を作るのではなく、多くの作品を作り出すこと。
最初から完璧を目指してはいけません。代わりに、毎日1つ~2つのものを作り上げます。
練習をするときには集中して練習します。
ですから集中が続かないような大きな課題を課すのではなく、なるべく簡単な課題を課します。
その中で起こった失敗は次に活かして課題を毎日こなします。
これを続けることで高品質な作品が作れるようになっていきます。
まとめますとこうなります。
- 目標を決める
- お披露目の予定を立てる
- 簡単な課題をいくつもこなす
- 失敗を修正する
楽器の演奏なら、
まず「よーし、この曲を演奏できるようになって3ヶ月後に仲間を集めてお披露目しよう」と他人に披露する目標を決めます。
次に「いきなりこの曲を演奏できないから音の出し方から学んでいこう」と簡単な課題をクリアしていきます。
苦手な部分が出てきたら「ここを何度も練習してできるようになろう」と失敗した部分を修正します。
これを繰り返していくうちにだんだんと上達していきます。
行動して、失敗して、学習し、修正する。
これが習得に必要なことです。
このことは「小脳記憶(しょうのうきおく)」について知ると、より理解できると思います。
“動き”の習得を司る小脳記憶
何かを記憶するといっても、歴史の年号や英単語の意味などを覚える記憶(陳述記憶:ちんじゅつきおく)と自転車の乗り方や楽器の演奏などを覚える(非陳述記憶:ひちんじゅつきおく)とに分けられます。
チンジュツキオク?ヒチンジュツキオク?
聞きなれない言葉ですが、例えば車の運転なら、標識や交通ルールなどを覚えるのは陳述記憶。バック時のハンドルの切り返しや適切なアクセルの踏み方などを覚えるのは非陳述記憶です。
料理なら、材料や分量を覚えるのは陳述記憶。包丁の使い方やフライパンの振り方を覚えるのは非陳述記憶と考えるとわかりやすいでしょうか。
私たちがハンドルの切り返しや包丁の使い方などの”動き”を習得するときに使われる脳の部位は主に「小脳(しょうのう)」と呼ばれるところです。
いわゆる「体で覚える」と言われる、筋肉の使い方に関する記憶です。
普通覚えるといったら「平安京は794年、平安京は794年、平安京は…」と何度も繰り返して記憶を定着させていくように思えますが、小脳の記憶は正しい情報を積み重ねていくのではなく、間違いを修正して記憶していくことがわかっています。
あなたが的に向かってボールを投げている場面を想像してください。
投げたボールが真ん中に当たらなかったとき、「次はもう少し強く投げよう」とか「もっと右を狙ってみよう」と考えて次のボールを投げると思います。
そして実際に軌道が修正されて次のボールは的に当たります。
この何気ない動作をするために脳は、ボールが当たった場所の誤差を、投げるときの力の誤差に変換しています。
これを「フィードバック誤差学習」と言います。
投球でもピアノの演奏でもパソコンのキーボード操作でも、私たちは正しい動きをだんだんと覚えていくのではなく、間違えた動きをしたときに「これは間違いだから次からは間違えないようにこう修正しよう」と正しい動きとの誤差を学習し、修正していきます。
(参考:小脳に学習で獲得される内部モデル)
このことからわかるのは、練習量が多ければ多いほど小脳は間違った動きを修正する機会が増えるため、正しい動きができるようになるということです。
また、練習をするときにはある程度の休憩を挟んだほうがいいことがわかっています。
記憶には短時間しか覚えていられない短期記憶と長い間覚えていられる長期記憶がありますが、これは小脳にも当てはまります。
何かの運動をしたとき、最初は短期記憶として記憶されますが、その運動が終わると小脳は
「あ、運動が終わったな。じゃあ今溜まった記憶を長期記憶に移そう」
と考えて、短期記憶をする場所に溜まった記憶を長期記憶をする場所に移します。
そのため、練習をして小脳に短期記憶をさせ、休憩している間に長期記憶に移させる。
また練習を再開して小脳に短期記憶をさせ、休憩している間に長期記憶に移させる。
これを繰り返したほうが長期記憶に残りやすいのです。
ですから5時間の練習をするならば5時間一気にやるよりも、1時間ずつ5回に分けたほうが正しい動きが定着することになります。
つぼの製作からバイオリンの演奏に至るまで、練習時間、練習回数により成長していくのは、この小脳記憶の独特の記憶方法によるのです。
智慧(ちえ)
仏教を説かれたお釈迦さまは
「良いことをすれば良い結果がやってくる。悪いことをすれば悪い結果がやってくる。自分がやった行いは自分に返ってくる」
と教えられています。
これを因果の道理と言います。
仏教では色々な「良いこと」が教えられていますが、その1つに「智慧(ちえ)」があります。
現代語では「修養」と言い、知識を高め、品性を磨き、自己の人格形成につとめることです。
智慧は、布施(ふせ:親切すること)、持戒(じかい:言行一致すること)、忍辱(にんにく:忍耐すること)、精進(しょうじん:努力すること)、禅定(ぜんじょう:反省すること)の5つを心がけた末に至るものと言われていますが、物事の習得と似ているところがあります。
ハーバート・ルイが勧める練習方法を当てはめてみましょう。
まず○○さんに喜んでもらおう、あの人を楽にしてあげようと思って技術の習得を志します。(親切)
習得した技術を誰かに披露する目標を設定するときには、相手に「今度○○をするから時間とってくれない?」と伝えなければなりません。
そしてそれに間に合うように練習をして、当日実際に披露します。(言行一致)
技術の習得のためには毎日練習をしないといけません。疲れたからと途中で止めてしまったり休んでしまえば習得はできません。(忍耐、努力)
練習の過程で失敗したことを次に活かしてミスを修正します。(反省)
こうしてみると、お釈迦さまは物事を習得するために大切なことをご存じだったように思えてきます。
まとめ
- 物事を習得するためには「質」を求めるより「量」をこなすことが重要です
- 運動に関する記憶である小脳記憶は失敗の修正を記憶していくため、運動の習得には練習量が必要です
- お釈迦さまが教えられた善の1つである智慧(ちえ)は親切、言行一致、忍耐、努力、反省の実行の末に至るものですが、これは物事の習得と似ています
体を使うことを習得しようと思うならば膨大な練習が必須です。
そのときに小脳記憶の仕組みをよく知っておくと、より上達が早くなると思います。
自分のために努力する場合は嫌なことがあると挫折してしまいがちですが、大切な人を喜ばせるためと思えば、よりがんばれるかもしれません。
相手の身になって、その人のために思いやりをもって何かをすることを「親切」と言います。
親切をすると相手だけでなく、自分も幸せになれることをこちらの記事で紹介しています。
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こんぎつね
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