羨ましいと感じたときは幸せを見つめなおすチャンス|あってもなくても変わらないこと
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お悩み解消研究家のわかです。
学生時代、誰とでも気さくに接しているクラスメイトがいました。
接していて何の嫌味もなく、会話が素直に楽しい。
当然、皆から好かれている人でした。
自分にはとてもできないことなので、羨ましくて仕方なかったのを覚えています。
「隣の芝生は青い」と言いますが、誰にでも他人のことが羨ましいと感じる瞬間があるものです。
その人と自分を比べると、なんだか自分がみじめに思えてきてしまうのです。
実は、他人が羨ましいと感じたときは幸せを見つめなおすチャンスなのです。
今回は、羨ましいという心理から幸せについて考えます。
羨ましいのは自分にないものだから
羨ましいという感情が出てくるのは、自分にはなくて、欲しいと思っているものを他人が持っているときでしょう。
すぐに手に入るものならよいのですが、手に入らないことがわかるから羨ましいのです。
稀有な才能を持っている人と比べて、自分には何もない。
そのことを考えると自分がみじめに思えてきてしまいます。
だからこそ、同じものを持っていたら幸せなのになあと羨ましい気持ちが出てくるのでしょう。
日々頑張っているのは何のため?
私たちが日々頑張っているのは何のためでしょう。
ない状態からある状態にするためではないでしょうか。
お金が少ないよりは多くもらえたほうがいいから、仕事を一生懸命する。
友達がいないよりも、いたほうがいいから、神経を遣って仲良くできるようにする。
何もできないよりも、手に職付けたほうがいいから、できるまで何度も練習する。
お金や、友達、才能、財産、地位、など、無いよりも有ることを望んでみんな頑張っているのではないでしょうか。
同じものを手に入れたら幸せなのか
では、羨ましいと感じる相手と同じものを手に入れることができたら幸せでしょうか。
もしかすると、手に入れたら手に入れたで、別の問題が起きてくるかもしれません。
私が羨ましいと感じていたクラスメイトは、ぽつりと言っていました。
「いろんな人に気を遣うのは、結構疲れるよね」
頑張っているというよりも、自然に人と接しているように見えたので、その言葉を聞いて意外に思いました。
羨ましいと思っている人も、知らないところで苦労をしているものなのだと知ったのです。
「ただ見れば 何の苦もなき水鳥の 足にひまなき わが思いかな」
水鳥は優雅に水面を泳いでいるように見えますが、私たちの見えない水面下ではものすごく足を動かしています。
同じように、何の苦労もないように見える人も、知らないところでいろいろ苦労しているのでしょう。
物の有る無しが幸せではない
確かに、お金があったり、才能があれば、幸せを感じられるのかもしれません。
しかし、そこには手に入れたなりの苦労が伴うものです。
お釈迦様は、お金や才能が有っても無くても、悩んでいることには変わりがないのだよと教えられています。
これを「有無同然(うむどうぜん)」と言われます。
私たちの本当の幸せとは、物が有るかどうかに関係ないのだと教えられているのです。
お釈迦様の次のような言葉もあります。
「人身受け難し、今すでに受く」
(生まれ難い人間に生まれることができてよかった!)
「人間に生まれてよかった」という喜びが本当に幸せになるということであり、それはお金があろうと物がなかろうと関係のない幸せです。
この幸せを生涯伝えられたのがお釈迦様であり、現代にも伝わっている仏教という教えなのです。
まとめ
私たちは自分にないものを持っている人を見ると羨ましいと思います。
だからこそ、日々頑張って無い状態から有る状態になろうとしています。
しかし、羨ましいと感じている相手であっても、見えない悩みを抱えているものかもしれません。
お釈迦様は、幸せになれるかどうかは物の有る無しにはよらないと教えられています。
そして、物が有っても無くても喜べる幸せがあることを教えられました。
こちらの記事では、他人を羨ましいと感じたときに大事な考え方について書いています。
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わか
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