30代の私が、仏教の教えを学ぶキッカケになった疑問とは?
こんにちは。チューリップ企画で情報発信や動画制作をしているみさきです。
少し前に『歴史秘話ヒストリア』を見て、平安時代の人々は、仏教に親しんでいたことがわかりました。
現代人は仏教の教えを知っている人は少ないと思いましたので、今回はそんなことを書いてみます。
「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれたら…
海外に仕事や留学で行ったことのある方の中には「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれて、戸惑(とまど)ったという経験をした方がおられると思います。
日本は仏教国とみられていますし、留学本には、「仏教徒と答えるのが良い」と書かれているのを見かけます。
私も海外でホームステイしたときには、「仏教徒」と言っていました。
また日本人の習慣には、
- 仏教の様式でお葬式をする
- お盆になると先祖供養(くよう)をする
- 家に仏壇(ぶつだん)がある など
こんな習慣から、あえて言うならば「仏教徒かな」とは思うものの、外国人に「仏教徒」と答えるのに、躊躇(ちゅうちょ)する自分もいました。
仏教と言っても、どんな教えなのかピンとこなかったからです。
しかし、日々の生活が忙しく、仏教を学ぼうという気持ちは全くありませんでした。
なぜ仏教を学ぼうと思ったか
では、そんな私がなぜ仏教を学ぼうと思ったのかといいますと、こんな出来事があったからです。
5年前ほど前のことですが、腫瘍(しゅよう)が見つかり、複数の先輩から勧めがあった病院で手術をしました。
そこはキリスト教の精神を理念とした病院で、手術前日に牧師の祈(いの)りがありました。
突然、牧師が病室に来て、まごまごする私に手慣れた様子で祈りの言葉とともに手を合わせてゆきました。
私はキリスト教徒ではないので、何とも釈然(しゃくぜん)としない心境でしたが、無視するわけにもいかないし、と手を合わせました。
ところがおかしなことですが、手を合わせていると手術前で不安があるからか「無事に治りますように」と真剣に祈る気持ちになったのです。
良性腫瘍の簡単な手術でさえ、何かにすがりたい気持ちが出てきます。
いつかもっと大病を患(わずら)ったり、大切な家族や友人の身に何かあったときには、祈る思いが大きくなるだろうと思います。
そんなときに祈(いの)る対象が、仏教なのか、キリスト教なのか。
ちょうどそのとき、その場に現れた人によって決まるのか、と考えると、こんな無知ではいけないのではないかと、ふと思い、神や仏はどんな存在かが少し気になりました。
宗教、また日本人に関わりの深い仏教とは自分にどう関係するのかと、アンテナが立ったのはそんなときでした。
それからしばらくして、仏教を学ぶ機会がおとずれました。
そのとき、すっと仏教を聞いてみようと思えたのは、手術のときの経験があったからだと思います。
まとめ
以前は神や仏はレッテルが違うだけで、そう変わらないだろうと誤解していましたが、全く違うことを知りました。
神と仏の違いについて知りたい方はこちらの記事をご参考ください。
今では『とどろき』という一から仏教を聞ける動画を作成する仕事をしています。
いつか観ていただけたらうれしいです。
みさき
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