友を見送り 自分の死を考える——仏教の智慧が心を軽くする
こんにちは、みさきです。
「愛別離苦(あいべつりく)」という仏教の言葉を聞かれたことがありますか?
「愛するものと別れなければならない苦しみ」のことを指し、私たちが生きていくうえで避けては通れないものです。
先日、70代の知人とお話ししていたときに、その方の言葉が心に残りました。
去年の夏まで元気だった1つ下の弟が、秋に脳梗塞で倒れたんだよ。
快復してホッとしたのも束の間、つい先日、嫁から電話がかかってきて、容態が悪化し、命が危ないかもしれないって。
この数年の間に友人や兄弟を次々に見送り、自分が死ぬのもそう遠くないことなんだなと、しみじみ思うようになったよ。
歳を重ねると、いろいろなものを少しずつ手放していくことになります。
体力が落ち、目がかすみ、歯が弱くなる。
夜ぐっすり眠れなくなり、物忘れも増える。
今まで当たり前だった健康が少しずつ失われていく。
そして、自分を支えてくれていたものも、気づけば遠ざかっていく。
——役職、仕事、配偶者、友人、家族、生きがい…
愛するもの、大切にしていたものが離れていく苦しみ。
「愛別離苦(あいべつりく)」とは、まさにこうした私たちの現実を表す言葉なのかもしれません。
どんなに幸せな人生を生きてきたとしても、歳をとり、やがて死が近づくと、これまで積み上げてきたものが少しずつ消えていく。
そして、ぽっかりと心に穴があいたような寂しさがやってくる。
愛する気持ちが強ければ強いほど、その別れは辛く、苦しいものです。
「自分の死について考えるなんて、縁起でもない」そう思いたくなる気持ちもよくわかります。
でも、死はすべての人に必ず訪れる未来といえます。
ニュースを見れば、交通事故や通り魔、災害などが世界各地で起きています。
昨日まで元気だった人でも、突然「死」が迫ってきて、人生を一変させられてしまうことがあります。
普段は死はまだ先の向こう側にあると思っていますが、実は日常の中に潜んでいて、突然やってくるかもしれないのです。
早いか遅いかの違いで、死はすべての人に訪れる確実な未来なのです。
仏教では、この死に対する不安な心こそが、すべての苦しみの根本原因だと教えています。
「どうすれば、自分の人生を『幸せだった』と感じながら、安心して最期を迎えられるのか?」その問いに、仏法は答えを示してくれるのです。
死は怖いもの、不安なものと思われがちですが、仏教の智慧に触れることで、心が穏やかになり、「これでよかった」と思える人生の締めくくりができるかもしれません。
死への不安を、安心に変える智慧が、仏教にはあります。
もし今、心がふと重くなることがあったら、一度、仏教に耳を傾けてみませんか?

みさき

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